准胝観音 | 半僧坊 |
所在地 | 〒124-0001 東京都葛飾区小菅1丁目19-14 | |
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T E L | 03-3602-5315 | |
交 通 | 千代田線/綾瀬駅西口 徒歩15分 東武線/小菅駅 徒歩15分 |
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開 創 | 不詳 | |
本 尊 | 准胝観音・半僧坊 |
東光院末。
現在の本堂、庫裏は昭和50年4月に初代正住職旭亮光により再建されたものである。
本尊 准胝観世音菩薩
坐像、像高48センチ、寄木造、金泥塗、3目18臂、台座の白蓮華の花茎長く、下の水波中の2人、両手で蓮華を支えようとしている。円光背付、江戸時代の作厨子入。
本尊 半僧坊大権現
立像、像高7センチ、寄木作、彩色。
白衣に袈裟をかけ、岩座の上に立ち、前上方を凝視す、鼻巨大、両手で斜めに錫杖の柄をもつ。江戸時代以降の作。
もともとは半僧坊が先にありきということである。
明治のはじめ本体7センチの半僧坊を背負った修験者が小菅村に現れ、その霊験のあらたかなことが大評判となった。
半僧坊は静岡県引佐郡引佐町、臨済宗方広寺派大本山、方広寺の開山、無文禅師の教化を受けたと伝えられる、天狗の類である。しかし和風の天狗と違い、異相、どちらかといえば西洋風の容貌である。
方広寺の鎮守、火防の神として崇拝されている。その分身が小菅村で地元住民の信仰を集め、綾瀬講などが結ばれた。
観音院は慶長16年(1611)日本橋田所町から谷町に移り、正保元年(1644)浅草新寺町に替地となった。
明治25年2月、地元綾瀬講の信者が、土地を提供し、本堂・庫裏を新築し、浅草永住町にあった観音院を勧請し、本尊准胝観音と半僧坊大権現を合祀した。
寺の名称は観音院であるが、小菅近辺の古老には「半僧さん」の方が馴染み深い。
昔は毎月17日が縁日で、大変賑わったがずっと中断していた。昭和60年より、春(4月17日)秋(10月17日)2回再開し今も多勢の参詣がある。
○准胝観音
七倶胝仏母ともいわれ、尊名からも、像容からも、諸観音の中で唯一女性尊である。尊容は3目18臂で、眉間に縦に一眼が加わり、如何にも女性尊らしい、慈味溢れる、優しいお顔である。
18臂には剣、数珠、索、螺等々いろいろなものを持っている。
天台系では聖、十一面、千手、不空羂索、馬頭、如意論を6観音としているが、眞言系では不空羂索の代わりに准胝観音を加えている。
これらは六道思想の発達に起因したものと思われる。
春秋彼岸会 | |
4月17日 | 半僧坊春の例祭 |
10月17日 | 半僧坊秋の大祭 |