所在地 | 〒206-0802 東京都稲城市東長沼2117-2 | |
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T E L | 042-377-7660 | |
交 通 | 京王相模原線/稲城駅 徒歩5分 | |
開 創 | 天平宝字年中 (西暦760年頃) | |
本 尊 | 阿弥陀如来 (観音、勢至三尊佛) |
府中市、安養寺末であった常楽寺は、天平年中(757~765)行基菩薩に依る開基と伝えられています。
新編武蔵風土記稿の多摩郡長沼村、常楽寺の条には、「開山、慈覚大師ナり、或ハイフソレヨリサキ行基菩薩已ニ草創セントサレ、慈覚大師ハ宗祖伝教大師ノ嗣ニシテ行基モマタ高名ノ僧ナレバ傳ヘヲ失ヒシヲカク妄説ヲナセシニアラスヤ…」と記されています。
その本尊阿弥陀如来、観音、勢至の二菩薩に加えて、多聞、持国の二天像を草堂中に安置したのが、常楽寺の創始であります。前出の風土記稿に「茶臼山阿弥陀堂ノ右ナリ昔行基コノ所ニテ弥陀ヲ作りシト云傳フ」とあり、行基伝説の根強さを裏付ける記述がみられます。
その本尊阿弥陀如来は、坐像で桧の寄木造です。作製年代は、平安時代後半とされ、漆箔がほどこされています。像高80.6㎝と記録され。両脇侍の観音菩薩は94㎝、勢至菩薩は92㎝の立像寄木造りで、処々に金箔をとどめています。二躯共に平安時代末期の作とされるが、作者に関する寺伝はなく不詳です。
この三躯と同時に閻魔王像一躯も、都重宝に指定されています。像内に元禄12年(1699)、常楽寺住持、権大僧都生山運海自作との墨書があります。この運の字に佛師としての、仏像を刻する道に学んだ僧であることが偲ばれます。(以上四躯は都重宝指定です。)
閻魔王の右側には、三途のババがひかえています。作者は不明ですが、このババの姿形の方がこわいともいわれています。
本堂外陣の鏡天井に描かれた、極彩色の飛天図と墨絵の龍が八頭、各々異なる八態をみせて、天井を飾っているのは、相澤五流の筆になるものです。五流は、多摩の絵師です。濁山人と号した太田南畝も「調布日記」の中で「その絵たくみなるは、さらにもいはし」と賞賛しています。
なお、徳川代々より「七石五斗を賜う」御朱印寺でありました。
○地蔵菩薩塔(市指定。昭和51年)
寛文4年(1664)に長沼村、下新田の住人たちによって建られ、市内に現存する最古の石塔です。「念佛供養想衆十人庚申供養相衆七人」と記す銘文から、当時の農村に広がりつつあった庚申供養とも結びついているようです。青面金剛が主尊として一般化する以前の古い庚申信仰の様子をも示しています。
○保存樹木としては、桜2本、松2本、楠2本の計6本が、平成8年に市の指定文化財となっています。
○防火用水を兼ねる池用の湧水は、大部細くなり、水中ポンプで汲みあげています。
○大槃若経転読会は、毎年2月15日、五流の画いた涅槃図の前で行っています。
除夜の鐘は、1人1回で全員がつきおわるまでくりかえしています。
○研修日は、毎週火曜日の午前9時からです。自由参加の形で経典読誦。法話。御詠歌等々の修行をしています。